| ホームヘ | 戻る |
KENKOの「どきどき・日記」

2009年9月分 <= 2009年10月分 => 2009年11月分
30日(金) 晩秋の蚊
今日は暖かだった。
現在夕方(夜というべきか?)の7時だが、気温は20度もある。
もうじき11月というのにこの暖かさ。
そのせいか、いまだに蚊の元気なこと。
プンプンプンプンうるさいこと。と書きたいが、今の蚊は音無しの構えで
やって来る。
音もなく目の前をあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
夕食を食べている時には、眉の上に止まってチクリと刺していった。
敵も去るもの、夏と違って腕も足も出していないから顔を狙ったとみえる。
だが、夏の蚊と違ってそう痒くはない。
それに動きも鈍いのか、蚊を見つけたとばかり両手をパチンすると、大抵
蚊は掌につぶれて張り付いている。
ここまで書いたところに、また一匹飛んで来た。
パチン攻撃を喰らわせて、なんなくし止めた。


28日(水) 大間抜け
わが町では、燃えるゴミも資源ゴミも、市指定のゴミ袋に詰めて
出すことになっている。
燃えるゴミは黄色、資源ごみは白の透明な袋だ。
大中小の3種類がある。
以前は市から配布されたが、この頃は個人で買わなくてはならない。
普段、燃えるゴミはそう溜らないので小を使っている。
大か中の袋は主に庭木の剪定をした時などに使う。
今日は家の中を整理して燃やすゴミが出た。
大きい袋に入れようとしたが、在庫がない。
まだあると思っていだが、無くなってしまっていた。
明日はゴミ収集日、袋が無ければ出せない。
仕方ない買ってくるかと、エプロンを外し、今朝着ていたが暑くなって脱ぎ
そこらに放っておいたブラウスをひっかけて、ちかくにあるドラッグストアまで
自転車をこいだ。
ついでに洗剤も買おうと、店内カゴをぶら下げて店内をブラブラ。
歩きながら、何気なくさっき着たブラウスの下に左手をやった。
親指と人差し指で端をつまんだのだが、なにかおかしい。
端を折り返した部分が親指に当たるのだ。
変だ。
目を肩にやると、やっぱり。袖付けの縫い代が表に出ている。
なんてこと。
ブラウスを裏返しに着て出かけて来ていた。
辺りに人目が無いことを確かめて急いで着なおした。
ブラウスが裏になっているのに気づかなかったなんて、なんて間抜け。
そして、裏返しに脱いだブラウスを元に戻しておかなかったなんて
なんとブボラなわたしでしょう。


27日(火) 女系家族
夫の妹から二人目の孫が生まれたとの電話があった。
彼女にとっての一人目の孫は女の子、そして二人目の孫も女の子
「おめでとう!二人とも元気?」と喜びを言いながら
また女の子か、と内心で思っていた。
我が家にも孫は3人いるが、全員女の子。
我が家の子供は二人とも女。
夫の妹にも子供は二人いて、二人とも女。
女系家族という言葉があるけれど、我が家は正にこれに違いない。


26日(月) 鍋の季節到来
本日朝、第一じょうびたき発見。
おー来たか来たかとしばし眺める。
そうだ、写真、とカメラを取り出した時にはもう姿は見えなくなっていた。
白鳥がやって来て、鴨も来て、そしてじょうびたき。
午後になって雨が降り出した。それに伴って気温もぐんと下がった気がする。
冬は近い。
お昼には、近所から頂いためだいで鍋をした。
いよいよ鍋の季節到来。
毎日でも鍋がいいという夫なので、私にとってこれからは手抜の季節だ。


25日(日) 投票日
今日は市議会議員選挙の投票日。
24人の定数に29人の立候補者。
選挙期間中は賑やかだった。
時には3人の候補者のうぐいす嬢の大合唱になることも。
そのうるさいこと。
あの、選挙カーで名前を連呼して走るという選挙運動のスタイルは、誰が始めて
いつ頃定着したものだろうか。
住民にとっては迷惑なだけにしか思えないけど。
候補者そして関係者の皆様ご苦労様でした。
少し曇っていて散歩日和とはいえない天気だが、投票には歩いて行って来た。
そして帰りは遠回りになる十神山の下の遊歩道を歩いた。
中海は波もなく穏やか、鴨がちらほら浮かんでいた。
鴨には選挙は関係ない。
今夜の開票が気になる。
私の投票した人は果たして・・・・


23日(金) ごくらくごくらく
先月、さぎの湯温泉の産直市で貰った無料入浴券を持って
夫と温泉に入りに行った。
空は爽やかに晴れ渡りドライブ日和。
今日は、町が見渡せる露天風呂のある公設施設へ行ったが
残念なことに露天風呂には先客があった。
3.4人のおばあさんがにぎやかに喋りながら入っていて
一向に出てくる気配がない。
中の湯船には私が一人。
仕方ない、露天風呂はあきらめて中の湯船で思いっきり手足を伸ばすことにした。
肩まで浸かったり、湯船の淵に腰掛けてみたり、出たり入ったりと
存分に、のぼせ上がる寸前まで楽しんだ。
うーーーっ、ごくらくごくらく。
疲れは取れたし、寿命も延びた。

それにしても、私より先に入っていたあのおばあさん達、私が
出てから暫く出てこなかった。
丈夫なことだ。


22日(木) 旅立ち
近所のおじいさんが亡くなられた。享年93。
秋晴れの空の下、近所、知り合い等大勢の人に送られて旅立って逝かれた。
このおじいさんは、若い頃コツコツと一人でお城を作った。
テレビの全国放送で何度も紹介された。
その度、奥さんと二人で嬉しそうにインタビューに答えていた笑顔を思い出す。
子供は男の子3人。
市会議員を何期も務めた。
家庭菜園を耕して、出来た野菜は近所に配っておられた。
出発の時、遺影を抱いた奥さんは背にしていたお城の方へ体を向けた。
そして、抱いた遺影を高く掲げてご主人にお城を見せて上げた。
おじいさんの人生はいい人生だった。
幸せな人生を送られた。
旅立ちの日は最高のお天気になった。


21日(水) 孫の声
昨夜8時半頃、電話のベルが鳴った。
ドキッ、帰ってきたばかりなのに実家でまた何か?
出てみると、滅多に便りを寄越さない海外にいる娘からだった。
元気なの?生きてるの?とつい大きな声になる。
この声をさえぎるように、小鳥のさえずるようなかわいい声が聞こえてきた。
ペチャペチャピチュピチュと、大きくなったらおしゃべりな子になるなと思わせる
ような声だ。
「○○ちゃん、○○○○ちゃんなの?」と尋ねるがおかまいなしに
ペチャペチャチュチュチュと声は続く。
「ハローハロー、そうなの。ふーーん、そう。元気なの?」とおばばは適当に相槌を打ったが、その声は次第にうわずって行くのだった。
電話をかわった母親に「なんて言ってるの?」
母親は「まだはっきり喋れない」と言っていたが、本人にとっては意味があって
発している声であるに違いない。
二ヶ国語を聞きながら育つ子は言葉が遅いとかいうらしい。
来年1月3歳になる頃には、なにかまとまったことを喋るようになるだろう。
去年会った時は笑い声しか聞けなかった。
今度会う時にはのりちゃんと言ってくれるかな。
娘よ、いい時に声を聞かせてくれてありがとう。
親の世話で疲れた心と体に元気を取り戻すことができたよ。


2009年9月分 <= 2009年10月分 => 2009年11月分


diary by joe
パスワード入力欄