「歴史・軍艦・銅像とか (1)」からの続き。
気になって
華太后 さんのコメント
(2002/05/22 23:07:08)
どうもここが凄いなあ・・・と思う私。
平方さんなら「たいしたこないでしょう」のレベルでしょうか?
http://homepage1.nifty.com/kichihara/rink.3.htm
でもー、やっぱり気になって〜〜〜
いけませぬ
平方 さんのコメント
(2002/05/23 20:49:50)
はなさん、リンクが繋がってないようです。
ほんとだ〜〜〜・・
華太后 さんのコメント
(2002/05/23 22:23:46)
困った。
趣夏さんとこから、蘇英様、そこから○っちん様へと飛び、お写真コンテンツで発見したのですが・・・
どうしたらいいのかわからんのです。
ごめんちゃい。(;;)
こちらでは はじめまして。
尚 さんのコメント
(2002/06/21 17:40:02 - E-Mail)
以前私が言っていた那須与一の銅像のことですが、
大田原市という所にあります。
しかも信用金庫の前(笑)
と言ってもどうすればいいのでしょう…
実家に帰ったときに写真を撮ってきましょうか…
ようこそ
平方 さんのコメント
(2002/06/30 14:10:23)
尚さん、ここでは初めてでしたっけか。
そうですか、チャンスが有れば取ってきていただけると嬉しいです。
私も、通りかかったら撮るとしましょう。
そうでした
尚 さんのコメント
(2002/07/10 00:12:49)
ここでは初めてでした。
挨拶が遅れてすみません。
通りかかったら、ぜひ、ご覧になってください。
では、夏休み中に撮ってくるとしましょう。
皇帝ナポレオン
平方一六 さんのコメント
(2002/07/18 14:08:20)
昨日(H14-7/17)の「その時歴史は動いた」はナポレオン・ポナバルトの戴冠式の話でした。
先週は、マリー・アントワネットを糾弾した革命政府高官の妻のロワール婦人が第二革命で失脚して、結局、アントワネットと同じ日に断頭台に登ったという話で、人を呪うわば穴二つを地でいっていて良い話でした。
今週はその続編
ナポレオンの戴冠式の話で、「王が居なければ太陽が昇らない」ぐらいに考えられていた絶対王制下から、フランス革命で共和制へ移行したわけですが、新体制の混乱と共和制を危険視する他国の干渉を振り払うために、統治を強化するために皇帝となるわけですが・・・事態収拾のためにナポレオンは支配階級の支持を受けるために「皇帝」に成ったのだと思いますが、副作用として被支配階級の民衆からは反感を買ってしまったように感じます。
新しい称号の「第一執政」のままで実をとった方がナポレオンにとって良かったのではないかなぁと思います。
実際に社会を動かしている地主や教会達は皇帝が居ないために、その下にいる貴族としての地位の不安定さを感じて皇帝制の復帰を望んだのではないかと思われます
人や昔の権威に頼るのは良くないですな。
私も偉くなったら新称号を心がけることと致しましょう。
中学夏休みの課題
華太后 さんのコメント
(2002/08/20 07:52:48)
「その時歴史が動いた」
を参考に、自分で好きなテーマを選び調べ学習をしてくる。必ず、自分なりの意見を一つは入れること。
だそうで。
ムスコは「倭寇」を選びましたが、あの番組で倭寇だけ取り上げたのあったかな?
韓国・中国から見た「倭寇」も取り上げたら・・・とか言ってますが〜資料少ない。
或る本の記述に「「倭寇」が起こる前に「元寇」のせいで日本が貧しくなり、それが「倭寇」が起こる誘因となった・・・・云々」の筆記があったそうな。むぅ?なんだか〜〜〜。えー、史実??
その手は
平方一六 さんのコメント
(2002/08/20 18:09:21)
桑名
桑名城跡を見ました。桑名といえば幕末に会津藩主の弟の松平定敬が京都守護職で、戊辰戦争で負けた藩ですな。
残念ながら松平銅像はないようですが、代わりに家康の武将の本多忠勝のドデカイ銅像がありました。やはり、生涯不敗の人は人気があるようでした。たしか47連勝だったかな。
それから、「七里の渡し跡」も見ましたがここには何もありませんでした。
東海道というと、江戸から下ってくると尾張(愛知)の宮〜伊勢(三重)の桑名までが海路になっていてその船着き場ですな。
最も、江戸時代などで京などの西国に行く旅人は途中で琵琶湖畔廻りの中山道にシフトして陸路オンリーで行くことが多かったようです。
ロケットエンジン さんのコメント
(2002/08/26 00:03:22)
最近台湾沖航空戦で、日本がアメリカの空母一隻もしずめられなかったのを、TVでやっていますが、見ていて心が傷みます。このへんの話しは、現在世間で認識されていたとうり、一隻も沈んでいないので、日本の中攻が200機もやられたと思うと、なんとも作戦の失敗ぶりはみごとです。
インパールの牟田口の失敗は、出だしだけは少しは、奮戦していたので、ちょっとは良いところもあるのですが、台湾沖航空戦だけは、なんとも寂しい話です。
それから、ぜんぜん関係ない話ですが、西郷隆盛が象皮症と言う珍しい寄生虫による病気にかかっていて、これが現在の肖像や銅像に反映されているらしいなんて話しがあります。上野の西郷さんの銅像の足は太いとか言うとリアルですが、そっちの方向から見ると、新しい変な歴史の見方ができます。
壬申の乱を題材にした作品を読んだわけですが
平方一六 さんのコメント
(2002/08/28 15:12:43)
台湾沖港空戦
NHKでしたか、見れませんでした残念。
勝ちたい気持ち、勝てない現実。
実に切ないです。
対外政策
表題から何ですが
どうも日本の大陸情勢(外国勢力)の判断の感覚というのは昔も今も未熟というか、相対的な客観性がないような気がします。
三韓+唐、元寇、朝鮮出兵、開国、日露戦争、両大戦、もしかしたら今でも・・・結局国内事情を主軸に行動、しかも負けるまでは相手を軽視と言うのが一貫しているような気がします。
これが国民性なのかなぁ。
ロケットエンジン さんのコメント
(2002/08/29 00:01:15)
日本の国民は昔から、志気が落ちるとだめですから、、、、あっ でも日本に限らず、戦争中「負けそうですよ−」とか言う政府も軍もないので、相手を軽視するのは、どこも同じですかね。得に日本は、相手を軽視と言う所でしょうか?個人が意見を言わないのがいけないのか、、、、
開国の時だけは、個人が活躍して、その後欧米に追いつけと言う事で頑張ったみたいですが、あげくのはてが大平洋戦争です。
バブルの時に赤坂のマクドナルドで、アメリカ人のお姉ちゃんから、「ギブミ− シガレット」とか言われて、「戦後もこれで終わった」とか思った、僕は甘かったです(笑)。リュックにカップラーメンを沢山入れて、日本観光ですから、当時の外人は日本の物価の高さ対策だったようです。
いい話だー!!
平方一六 さんのコメント
(2002/08/29 18:44:08)
うーん、軽視もあると思うのですが、大きな傾向は客観視でなく主観視することですかねぇ。
結局、国内問題が最終的な行動の原点のような気がします。
27日来、朝鮮が「日本海」の国際名称を「東海」にしようと提案している国際会議の行く末を見守っているのですが、外務省どうも心許ないです。
シルクロード展
平方一六 さんのコメント
(2002/09/17 15:17:39)
上野の国立博物館
日中国交正常化30周年ということで中国から色々な物が来ていたようで、かつてウイグル自治区にあった吐蕃国からの出土品が展示されていました。
ちょうど、『秦漢帝国』(講談社学術文庫)の武帝時代前後を読んでいたところなので、「ローマでは、中国から来た絹が金と同じ重さで取り引きされていた」などと読んだばかりで展示を見るとタイムリーでした。
しかし、タイトルのシルクロード展の割には、中継国での出土品ということで、なんかもっとローマから漢を総覧するような展示があったら面白いだろうにと思いました。
ロケットエンジン さんのコメント
(2002/10/09 00:12:09 - E-Mail)
シルクロードがらみの歴史は、すごく面白いですよね。ただ残念なのは、時代と場所がすごく広いので、歴史感と地域感の把握のために勉強しないと、さらに面白い所を見のがしてしまう恐れがあるのです。ぼくは、シルクロードがらみの歴史認識は、NHKで、25年前でやっていた物を見ているていどなので、時間があったら、さらに本を読んでみたいところです。
ただ取り付き点を何処にするかが問題です。(笑)昔のNHKで作ったビデオとか見てきめたい所ですが、残念、今見る方法がないです。
変わった胸像
華太后 さんのコメント
(2002/12/21 14:45:56)
小金井良精。
小林虎三郎の甥であり、森鴎外の義弟にして、星新一の祖父だそうで。越後長岡今朝白出身。
全く知りませんでした。そんな方がいるとは。
東京大学医学部の何処かにこの方の胸像があると
N日報の報道でした。胸の前に分厚い本を開きその上に髑髏が乗ってます。