船津つれづれ日記
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228
2005/4/6 09:46
【名前】
大森 洋
【発言】
脳梗塞で入院治療されたとをお聞きし、あの元気な船津さんがとびっくりしています。私も3月下旬両眼ヘルペスで一週間入院しましたが、今は元気です。お互いに無理の利かない体ですので、のんびり余生を過ごしましょう。長い間「船津つれづれ日記」お送り頂き有り難う御座いました。
227
2005/4/1 18:25
【名前】
船津 健二
【発言】
《「船津つれづれ日記」終焉のお知らせ》
参月の初、思わぬ病気に見舞われて救急自動車に運ばれ、参月末日に近い約1月間、美作町の病院で治療を受けました。幸い治療の時間的な長さに較べ病状は軽く思っておりますが、病名は「脳梗塞」と診断され、脳外科医と循環器科医の2人の医師の診療を現在も受けています。
原因は、元々心臓の不整脈に、睡眠不足が重なったことによるもので、この年になって初めて右手右足の痺れとロレツのもつれを経験しました。幸いにも4〜5日のあいだ脳に溜まった血を融かすための点滴をうけ、1週間くらい後にリハビリとして身体の運動機能及びロレツの回復を実施、それぞれ2日と4日で終わったあとは2週間様子見以外の治療はまったくなく、丁重な診療内容でした。
体調はほぼ前兆に戻っておりますので、車の運転も大人しく慎重に行っているものの、言葉の発生機能であるロレツのもつれがやや気になり、現にパソコンのキープロセスも前より相当の時間を費やすのを実感し、新聞の読解能力の衰えを感じる以上、頭脳機能の復元は困難を極めるという結論に到達せざるを得ません。ここに改めて『船津つれづれ日記』を終焉し、ご愛読の皆様のご期待に沿えない悔しさに言葉を失うのみです。
最後にこのページの管理者に今日まで自由に使わせて戴いた御礼を申し上げ、突然の閉鎖のご無礼を心からお詫びするものです。
有難うございました。
226
2005/2/14 18:23
【名前】
船津健二
【発言】
《学者評論の一類型》
2/12産経紙「正論」は京大教授、佐伯啓思氏の『ブッシュの世界民主化宣言への疑念』と題する論考を掲載していました。
その要旨は、1.「イラクの暫定選挙は予想よりも首尾よくいったように見えるが実際はアメリカ軍により守られた異常なもので民主的選挙とはほど遠く、かえって民主化が部族や宗派の確執を引き起こすことも充分ありうる」「条件の整っていない時点での強行はアメリカの事情によることを忘れてはならない。」
2.「民主主義は他国の武装によって配給されるものではなく、国民国家秩序のそれなりの成立という条件のもとではじめて可能というべき」「普遍的民主主義よりも前に国民統合や国家秩序の形成が先決」
3.「市民社会も市民精神も確立していないアラブ・イスラム諸国の"民主化"は西欧型ではなくアラブ型となろうがその道筋はだれにもわかりはしない。」「同様の問題としてアメリカによって配給されたわが国の戦後民主主義は日本人の魂と倫理観を見失ったのではなかったか」「このような民主化はやすやすと是認できないし"イラク民主化"も無条件に歓迎するわけにはいかない」というものです。
全体を流れる論調はアメリカの世界戦略、志向批判に終始、わが国現状の魂、倫理観喪失の原因にも結び付けて、あくまで疑念の提示で終り、あとは皆さんで考えて下さいと言外にアメリカがイラクに戦争さえ仕掛けなければ現状の混乱や悲惨な悲劇は起こらなかったことを滲ましているなど評論の底の浅さを感じない訳には参りません。少なくともこの位の疑問は幾多の議論を通して浮かび上がっており、今日必要なことはどのように問題解決をはかるかであり、結果を見ての跡付け疑念の表明など何ほどの役にも立たず、歴史的評価は後世に委ねて充分ではないでしょうか。
更に評論の姿勢は全地球を高見から見下ろし、まるで「神」のような立場から純粋理論、絶対的真理を追求するような、将に典型的な言論に対する責任を一切負うことのない象牙の塔からの「もの言い」に思えて仕方がありません。飲み水でも食塩でも人間の食に必要なのは幾多の微量な自然成分の含有であり、そこにこそ真理が存在するのに、評論の世界では殆どといっていいほど捨象過多となり、たとえばこの世に存在しない「全世界共通地球人間」の「人権論」が現実の「国の人」の生活を脅かすのと同様に、原理主義者のバイブルに珍重され、たとえ一億総評論家化への傾斜が進もうとも建設的な国民精神高揚に資するような健全思考育成に向う訳がありません。
私が評論に目覚めたのは引退後の遅い時期からではありますが、歴史学者である京大教授の会田雄次氏がビルマの戦地で初年兵の二等兵のまま命からがらの実践体験を通した『アーロン収容所』など体験談や、後年発表された数々の辛口「日本論」に触発されてからです。又その論考の中で引用される重要対象から山本七平、渡部昇一ヘ広がりを持ち、歴史的な戦争実体験やマスコミ論争を通し九死に一生を得た人たちの考え方や言葉の重みは身の震える思いに揺り動かされています。そして今は八木秀次の伝統保守論や長谷川三千子の民主主議論などの評論に傾注していますが地に付いた実践評論の重みは平凡な引退老人にもなんとなく見分けがつくように思われます。
少なくとも現時点で言えることはイラク問題に対してわが国はどのように立ち向かうべきか、わが国現状から「魂」を取りもどし、「倫理観」を見出すために何処から何を手がけなければならないかという前向きな方向性の打ち出しくらいは結論づけないと『ブッシュの世界民主化宣言への疑念』もあまり意味も重要性も見出すことができないというのがこの論考への評価です。
225
2005/1/20 11:34
【名前】
船津健二
【発言】
《NHK内部の茶番劇》
先週、降って湧いたかのように自民党の番組介入疑惑が突如テレビで取上げられ大騒ぎとなりましたが、新聞やTVの報道やトークで背景が抉り出されていくうちに、門外漢の私たちにも薄々ながらではありますがゆがみきった全体像が見えてきたように思えます。
大まかな全体的な流れは、1.朝日新聞が四年も前の出来事を唐突といっていいタイミングで「自民党の番組介入疑惑」として火をつけた。2.これを受けてNHK教育テレビのチ−フプロデューサーが涙の記者会見を行ない、安部・中川両議員の実名を名指しした。3.NHKは朝日新聞に対し自民党の番組介入の事実はないと虚偽報道の訂正を求めた。4.安部・中川両議員は長井チーフプロデューサーに番組介入の根拠となるものを伝言・推量ではない確証について説明を求めている。5.野党はここぞとばかりこの問題を取上げ国会の場に取上げ政争の材料にしようとしている、というのが大筋のようです。
勿論その背景は近年表面化してきた海老沢会長の経営体制批判を元とする内部告発の過程で浮かび上がった事例の一つを、「報道の自由を犯す政権与党である自民党」という構図をもとに、現在時点の政権与党批判として、朝日新聞社が古い出来事を意識的に取り上げた様子がありありと透けて見えます。
NHKの抗議訂正要求に対する朝日の18日付回答記事は、記者がNHKの番組製作当事者及び上司に面接取材してはっきり圧力を受けたと言っているとしているが、安部.中川両氏の説明や記憶の曖昧さをはじめとし諸々の状況を綜合的に勘案してみると、事実関係の核心は当事者の聞き取り取材のみで、第三者の証言・証拠や裏付け証明のない4年前の発言のやり取りを、朝日が書いているように「明確に意志が確認できた」と極め付けるにはあまりにも一方的で、むしろ意図的といえる「筆の暴力」の怖さをまざまざと見せつけられた印象が強く、このようなゆがんだ新聞社の思い上がりと極め付けは報道機関としてリベラル・進歩派の枠を通り越して将に偏向と呼ぶに相応しい独善思想に毒されきっているように思います。
平静から中韓両国に対する報道は抑制が効き過ぎるどころかむしろ両国の出先機関の観さえ見え隠れする一方、我国政府与党には見境のない批判や罵詈雑言を浴びせ掛け、介入の挑発すら度々行い、報道の自由を謳歌している朝日新聞が、正式な機関決定や役職責任者でもない個人的抑制的な発言を推量であげつらい、騒ぎ立てるのは将に介入挑発の好事例となりましょう。
これに輪を掛けたのがNHKの経営者で何の定見も哲学も持ち合せない無能集団の一言につきます。番組改編問題の根源は企画段階からチェック体制が機能せず、チーフプロデューサーの独断専行が許されたことにあり、放送内容の偏向性やテーマの重大性に気付いた上司が慌てて修正を指示するも思うように現場を動かすことができず、時間切れの形で取って付けたような一部の修正やカットで誤魔化し放映に至ったというのが本筋でしょう。
たまたまNHK上級職員の不祥事の告発騒ぎが海老沢会長の経営体制を批判するなかで、4年前の番組改編が内部告発され、朝日新聞が政治問題にするために真っ先に取上げ、同社の顧問弁護士まで長井チーフプロデューサーに付き添わせ記者会見しているのをみると、人の弱みに付け込んで自己顕示欲の強い外部の団体が我がもの顔に引っ掻き回している様子が手に取る様に映し出されています。これは将に受信料に裏打ちされている放漫経営の永年の膿が一挙に噴出したもので、このような事態は必然の成り行きでしょう。性暴力NGOからは不同意改編を訴えられ、部下に政治問題化する口実発言の機会を与え、朝日新聞に騒ぎ立てられても、幹部職員の不祥事をこれほど暴き立てられれば、世間の同情や支援は冷たいものに終わるしかありません。これは茶番以外の何物でもなく一刻も早い民営化へ軟着陸させる方策の確立を求める以外つける薬はないというのが私の結論です。
224
2005/1/5 12:13
【名前】
船津健二
【発言】
《05’年頭に思う》
引退後、「終の住居」に思いをはせ、「マンション暮らし」からの脱却に思いを募らせて当地岡山の北部山村に移住、「田舎暮らし」を始めてはや丸4年が過ぎました。少子高齢化社会の先陣をきるものとして茨木での引退直後の生涯学習参加グループとの出会いは思想や精神状態に大波瀾を巻き起こし、今考えれば"よくもまあそこまでやったなあ!"と我ながら感心するくらい、怖いもの知らずの未熟者が生半可な知識や経験をもとに強引に行動し、どんどんぶつけていったことを感慨深く振り返っています。
もとより引退ライフを「田舎暮らし」に求めるに際し、ハ−ド面である農村古民家にある程度取引条件で満足できても、「生きる」というソフト面は未知の世界で確信がもてるものではありませんし、住みついて探っていけばなんとかなるという見込み判断で踏み切っておりますので、若干の齟齬はあり得るのが自然でしょう。そして現在、そこそこに自然一杯の田舎暮らしを楽しんでいるものの、反面「これぞ命」というソフトの支柱を掴みきれていないのが実態です。
そこでこの度五回目の正月を迎えるにあたって、現在の環境をあるが侭に受け入れ、これをもとに引退ライフを生き抜き、満足ある終末をどのように設計するのか、本腰を入れて考え始めなければならない時期に入ってきたというのが今日の心境です。齢71歳を迎え「これぞ命」の道は生ある限り掴み取るまで追い求めていかなければならない漠たる世界ですが、望むべき終末のあり様に関しての方向付けは自分自身と家族との調和の中で具体化が可能ですから、健康で元気な時から少しづつ準備を始めていくべきと考えております。
たまたま高卒同期入社の仲好し五人グル−プの一員が昨年喉頭癌でこの世を旅立ちました。発病や経過について全く知らされてなかったため驚きの一言で、交流中はずっと病気と無縁の存在であっただけにあまりにも早い突然の死別に非常なショックを受けました。話によると予兆は二年くらい前に始まっていたらしく、診断検査を受けた時は手遅れだったようです。平生は健康だったためかえってそれが仇になったようですが我が身に置きかえると何時その事態が突然襲って来てもおかしくない時期に入っていることの表れでしょう。
雑誌「諸君一月号」で東大の倫理学者、菅野覺明氏による『靖国神社で、天皇主催の慰霊祭を』の中に、戦没者の「死」の問題を掘り下げていますが、その大前提は「我々の生活は死んだ者たちの存在を前提に営まれている」ところにあり、このことを基点に戦争と講和、そして戦没者のかかわりを明確に論じ上げています。これは生き残った者の立ち場から論点を整理したものですが、私自身の問題として「死」を考える時、当然のことながら残されることとなる妻や子供、孫、更には親類縁者、友人への関わりは私の死を契機として関係が全く無となることはあり得ないわけですから、先立つ者として終末のあり様についての望みを明らかにしておく、遺族の生活への配慮はもとより、いらぬ混乱や争いが起きないよう言葉による話合いや働き掛け、文書による意志の明確化を図ることを意識し始めています。
さらには、親子関係のあり方は日常生活の中で、また先祖に対する慰霊の祭り方は日頃の実践を通して生命体との別れ、慰霊と遺された者との関係を確認し認識する儀式の意味合いなど、日本古来の伝統的な「神仏」という宗教心を私自身の問題として醸成していきたいものですし、失いかけた日本人の心を取り戻し、子、孫に受け継ぐ重い役割を担っていることの認識を大切にしていきたいと思う昨今です。
船津つれづれ日記
ver1.291
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Mino