先週11月5日(木)、休暇をとり講演会「各務原市と航空産業遺産について」を
聴講してきました。
講師の西和夫教授(神奈川大学)は建築学がご専門とのことで、各務原市とは
村国座の修復とそれに伴う街並みや景観づくりに関わっているという縁で
今回の講演会になったとのこと。
当初、「航空産業遺産」という題目から飛行機の話があるのかと期待して
いましたが、そっちの方は専門外ということもあってか、飛行機のお話は
全くありませんでした(^_^;
講演ですが、各務原市ならではの航空産業に関係する近代建造物として
川崎重工岐阜工場内や市内に残る戦前からの建物や社宅群を取り上げ、
川崎重工(当時は川崎造船所飛行機部ですね)が各務原の街づくりに
どのように関わり、どういった影響を与えていったのか、
また現存する歴史的建築物をどのようにして今後の街づくりに取り込み、
次の世代に伝えていくか・・・といった内容でした。
川崎造船所飛行機部がそれまでの本拠地であった兵庫県神戸市から各務原に
本格的に進出したのは昭和12年のことですが、これは飛行機工場を従業員
約1,200人もろともそっくり移転するという大プロジェクトでありました。
当時、いわば都会でとても暮らし易かった神戸から一転、ド田舎(^_^;の
各務原に従業員を家族ぐるみで引越しさせるにあたり、不平不満なく
不自由のない様にするというのが川崎の方針だったそうです。
そのため、新たに建設する社宅郡にはガス水道を引込み、岐阜の人より
高級な生活が出来るように整備し、購買所や病院も立派なものを作り、
更にクラブハウスや運動場など福利厚生施設を揃えたのだそうです。
航空機産業が、各務原の街づくりを行っていったといっても過言ではないと
いうわけですね。
こういったことが昭和初期に行われたというのは、全国的に見ても非常に
珍しいことだそうで、しかもそれらの建物や街並みの一部が現在も
残っているというのは、ほとんど例が無いそうです。
ひょっとして凄いことじゃないですかコレ!
今まであまり気に留めていなかったことに気付かされた講演会でありました。
ちなみに、今のところ調査できているのは川崎重工関連のもののみで
岐阜基地内に残っている歴史的な格納庫や建物は未調査とのことでした。
(こっちの建築学的な評価を密かに期待してたのですが〜)
今後に期待したいですね。