| □ 2000/12/01(Fri) 00:32:13 |
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20世紀もあと少しで終わろうとしている。 今日ちょっと、時の経つのって早いなって感じた。でもそれは仕事のことや家族のことなどから感じたのではなく、名古屋グランパスの「ストイコビッチ」の会見を見て感じたのである。 はじめてストイコビッチを見たのは忘れもしない、あれは今から10年前、イタリアワールドカップ、準々決勝そのグランドのピッチに若きストイコビッチは立っていた。 ユーゴスラビア対アルゼンチン、アルゼンチンは前大会の優勝チームであり、イタリア大会大本命のブラジルを破って勝ち上がってきた、そしてそのチームを率いていたのが、天才「マラドーナ」 前評判は、アルゼンチン有利、また結果もアルゼンチンのPK勝ちとなった。 しかし、そのピッチ上、最も輝いていて、美しく、ファンタスティックだったのは、マラドーナではなく、ユーゴスラビアの若手ストイコビッチだった。個人技の南米、組織のヨーロッパというイメージを一蹴するそのユーゴスラビアの攻撃はマラドーナのそれを遥かにしのいでいた。 そして私が一生忘れられない一瞬が起きた、ユーゴスラビアの攻撃、アルゼンチンのゴール前でボールがこぼれ、ストイコビッチの足元へ落下してきた。その瞬間ピッチ上の選手、スタジアムのサポーター、TVを見ていた何億人もの人が、落下してきたボールそのままシュートする姿をイメージした、事実ストイコビッチは、シュートモーションからボールを右足にとらえた、アルゼンチンのDFがシュートブロックに飛び込んだ瞬間、ボールはストイコビッチの右足に吸い付いたまま止まった。 DFがコースから飛び去ったあとストイコビッチは悠々とゴールへボールをけりこんでしまった。 私を含め、観ていた全ての人がだまされ,そして魅了されたことだろう。しかし皮肉にも、その試合のPK合戦は、ストイコビッチがゴール左上のバーにボールを当て失敗、試合を落としてしまった。 失敗し、振り返った表情は、あのシュートと共にずっと私の記憶の中にある。 そんなストイコビッチが来期限りで引退を表明した。今年初め、ストイコビッチは、リーグのタイトルが欲しいといっていた、しかし今年はタイトルが取れず、開幕戦では、アルゼンチン戦と同様にPKを外していた、まるでリプレーを見ているようで、振り向いた表情もあの時とシンクロした、ただそこに映っている彼は、少し顔にしわが増えていた。 あれから10年、時の経つのは早い、戦争さえなければユーゴスラビアは後の大会で優勝できたのではないかと私は考える。 しかし、PKを外し、振り向く彼の表情からは、いいゲームをしても,試合には勝てない、いいときもあれば、悪いときもある。それがサッカー、そんな声が聞こえてきそうなのである。 もしかすると人生に似ているのかもしれない。会見中のストイコビッチの顔は人生を楽しんでいる人のそれだった。10年前の私はどんな顔をしていて、10年後はどんな顔をしているのだろう。 できればストイコビッチのような、顔をしていたいと思う。
とっても、がんばるナースっぽくない日記になっちゃったな、これじゃサッカーのサイトじゃん。でもまっいっか、外は吹雪だし |
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